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23.2.11(sat)「まぶしいひと」ライブレポート@甲府KAZOO HALL presents Loud Sound Out vol.827

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空調の音が聞こえるライブが好きだ。
唾を飲むのも憚るような。

 ペダルを踏む音、振動する弦を撫で付ける瞬間のチリっとした音、息づかい。スピーカーから飛んでくる音の間に、これまで蔑ろにしてきてしまった無数の音を見つける。
コップを転がる氷がついでしゃばってしまう。

 「奏でる」というより「鳴っている」ようだった。朝の台所で交わす何気ない挨拶のような、沸騰するケトルから噴き出る蒸気のような、新雪を押し固める靴裏から鳴る「それ」のようなもの。少しも疑いがない、ごく自然で細やかな音。視界が白く滲んでいく。

ひたひたと滴を垂らす雪に映る光がまぶしく、今朝は少しだけ目が眩んでしまった。

Photo by 「±」

#1「バイバイリトル」

 友達からの誘いは大抵不意にやってくる。大体ライブの数日前ぐらいか、下手をすると前日なんてこともある。思い返せば自分もそうだったし、それが社会人バンドマンたちの「愛おしい距離感」。チケットも安くないし、ついこないだも「あの人」には観にきてもらっていたりするから。

 有難いブッキングの誘いは二つ返事で受けるのが地元バンドマンの流儀だ。でもお客さんのイメージしてるだろうそのペースより少しだけ早足だったりもする。だから、ライブの差し迫ったタイミングでやってくる“しんなり”と可愛らしい誘いにはできるだけ足を運ぼうと思っている。友達のライブはやっぱり好きだし、何より彼女らのライブを観た後の帰り道が好きだ。

「2.11 KAZOO HALL友達のライブ」

 この日は、自分からチケット取り置きの連絡を入れた珍しいパターンだった。携帯のカレンダーにメモを残したのは半月ほど前のこと。「Loud Sound Out vol.827」のフライヤーには、友達のバンドたちに加えて気になるラインナップも並んでいた。どのバンドもいい音楽をするだろうし、何よりみんなに会いたい。そんなちょっと恥ずかしい理由で連絡を入れたのだった。

 2/11快晴。そんな友達がライブに出られなくなったことを知る。

#2「新生活」

 何となくそわそわと落ち着かなかった10時頃、そのLINEメッセージは届いた。

「今日はいいバンドばかりだから、イベントには行ってほしい。」

 しおらしく、熾火がチリチリと爆ぜるような言葉が続く。彼女の心中を考えると胸が痛かったし、正直読みながらプツッと身体の空気が抜けるようだった。

 でも今回は全くもって彼女らの英断だったと思う。大人で誠実な姿勢が友達として誇らしかったし、次のライブはちょっと無理してでも観に行こうと思っている。

 昨日と打って変わって少し生緩い陽気が忍び込んでくる11時頃。電線から滴る雪解け水のように、少しだけぐずついてしまった気持ちを整えながらTwitterのDMを送ったのが「まぶしいひと」だった。

#3「生活はつづく」

​​ LINEは知らないけど、名前も顔も歌声もギターの音も知っている「まぶしいひと」の二人。数年前、まだ別のバンドで活動をしていた彼らとは何度か対バンしたことがあった。ライブハウスで会えば話をするし、打ち上げで妙に馴れ馴れしくしてしまったこともあったけれど、一緒にお酒を飲んだりするようになったのはここ最近のこと。

 きっかけは2021年末の先の弾き語りイベントだったと思う。当時バンドを解散してライブハウスから足が遠のいていた自分は、かつての対バン相手と会うのも何となく緊張していた。

 「まぶしいひと」としてのライブを見るのはその日が初めてだった。二人の出順は自分の一つ前で、久しぶりに感じる独特な空気感にそわそわとビールを飲みながらステージを見たのを憶えている。

 フェードアウトしていくSE。ステージ上手の足元には、クーピーみたいに色とりどりのペダルが並ぶ。少し緊張した様子のコースケさんは、自らこしらえたはずの“ピン”とした空気に指先を震わせていた。「自分と同じだな」なんて、少し可愛らしく思ったり。

 徐々に重なっていくギターの音は、まるで宵闇に向けて虫たちが重奏を始める夏の夕暮れのようだった。手狭な部屋の壁を飛び越え、時間のグラデーションに合わせて奥行きを深くしていく音色たち。

下手から彼を見つめるミキさんの表情は優しい。

#4「夕日モード」

 年が明けた2022年からは、それまでの空白を少しづつ埋めるようにライブハウスへ足を運んだ。昨年末イベントを終えてから、自分の中で張り詰めていた風船が小さくなっていくようだったから。

 あの日の打ち上げは幸せだった。歌のこと、ギターのこと、恋人のこと、新しい生活のこと。「まぶしいひと」の二人ともたくさん話をしたのを憶えている。それから二人とは度々顔を合わせるようになった。お酒を飲んだり、カードゲームではしゃいだり、一緒のフロアでライブを観たり、フロアから二人のライブを観たり。

 この年は少しずつ音楽フェスの現場にも入らせてもらうことが増えていったのだけど、煌びやかで刺激的な世界に心を躍らせると同時に、やっぱりライブハウスが好きだなと思うことも増えていった。殊に、地元のライブハウスが好きだ。

なぜなら「会いたい」から

 あのひとたちに、あの気持ちに、色々あるだろうけど。それに勝る行動心理はないのかなと思う。少なくとも自分がライブハウスに足を運ぶ大きな理由の一つだ。
 
 LINEは知らないけれど、名前も顔も歌声もギターの音も知っている「まぶしいひと」の二人。最近また知ったことは、好きな下北の古着屋さん、歌うことが心から好きなこと、いい奴だということ。そして、メンバー二人が本当に仲良しなこと。

#5「それから」

 「チケットありがとうございます!ラッキーの分も頑張ります!」

 友達から来るDMの返事。やかましい彼女らのステージは観れないけれど、今日のライブハウスには会いたいひとたちがいる。灯油臭い部屋干しのパーカーをかぶって自転車に乗る17:30。少し早すぎるかな。

 まだまばらなフロアの中のBGMは、心なしかしっとりとした選曲だったと思う。まだ感覚の薄い耳を手のひらで撫でつけながらタバコに火をつける。たまに会う人、軽く会釈、会話は少なく。スタート前の雰囲気はやっぱりそわそわするものだった。「まぶしいひと」の出順は今日の大トリ。コースケさんはきっとぎりぎりに駆けつけてくれるんだろう。彼は忙しいひとだから。

 トップバッターをつとめる金森さんの演奏は素晴らしかった。こないだ一緒に焼売を食べながら色々と話したことを思い出す。さっきカウンター前で軽く挨拶を交わした時の顔は、これから歌を歌う人の顔だった。そんな時は気安く話しかけてはならない。ミキさんは一人でステージを見つめる。

 ヘクトーよるをまもる、ヒポクリット。甘い蜜のようなオレンジ色に包まれながら、さざなみのように体を揺らすミキさんは、あの時一体何を考えていたんだろう。ステージ前のボーカリストの背中はいつも美しいなと思う。めいいっぱいにフロアの匂いを吸い込んで、高く、広く、上の上から、自分の立っている足元を見つめて。
 
ボールプール。
心は静かに。

en.

一曲目、バイバイリトル

音出しは観なかった。

二曲目、新生活

コースケさんのギターが好きだ。

三曲目、生活はつづく

歌声はコロコロと弾んで。

四曲目、夕日モード

ミキさんの眼差しは優しく。

五曲目、

綺麗な歌

それから。

最後に、振り向く

空調の音が聞こえるライブが好きだ。
唾を飲むのも憚るような。

顎先を上下に揺らしながら、リズムをとるようにペダルを踏むコースケさん。見つめ合う二人に、重なっていく音。

ミキさんの歌が好きだ。色んな言葉でそれを捕まえようと思ってもひょいとかわされてしまう。拍子にストイックに、表情はおおらかに。

明日になってしまったらきっと薄れてしまうから。
小さく頷きながら、深く吸い込んでいく音楽。

耳の裏をツーっと流れるシャワーのような。
愛娘のように愛しい時間はそう長くは続かない。

僕のまぶしかったひとは、今頃どうしているのだろうか。
さようなら。

「まぶしいひと」

 2/12快晴。少しだけ頭が重いけど、今日も会いたかったひとが待っている。

 前日の打ち上げも最高だった。忙しいコースケさんも残っていたし、ミキさんは少しだけ眠そうだった。薄情にもカラカラと過ぎる生活の中、もう今だって少しづつ昨日は遠のいてしまっているのだろう。

 電車に乗り込んだのは6:40のこと。窓から見える朝日がまぶしく、今朝は少しだけ目が眩んでしまった。

info

KAZOO HALL presents
Loud Sound Out vol.827

[出演]
ボールプール(東京)
ヘクトーよるをまもる(東京)
ヒポクリット
まぶしいひと
kanamori_yuuichi

※出演予定でしたLUCKYはキャンセルとなりました。

Writing

野呂瀬 亮(のろせ りょう)

Ind-ZIN(インドジン)」主催
「西郡文章」代表(勝手に言ってる

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