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Ind-ZIN(インドジン)ができるまで#4〜哀しい能力者〜

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みうらじゅん、安斎肇のTR2

独立前、まだ前職で外回りをしていた時分によくTR2というラジオ番組を聴いていた。パーソナリティを務めていたのは、みうらじゅんさんと安斎肇さん。2003年の深夜に放送されていたJ-WAVEの番組で、リアルタイムからは約15年くらいの時間が経っていた。

2003年と言えば自分は10歳の小学4年生。暮らしていたのはコンポを引っ叩きながらぎりぎりFMが拾えていたような限界集落であったから、当然番組の存在も知らなければ、そもそもラジオを聴く習慣もなかった。学校で女子と教室を分けてはじめての性教育に勤しんでいた時代に、大人たちはあんなに愉快な番組を聴いていたんだな。もちろんお町の大人は。

トークの大半はほとんどが下ネタだった。「それ正論」「新しい決まり手」「マイフェ○レディ」どれも本当にくだらないコーナーで、ハガキ職人も強者揃い。夜な夜な大人たちが卓を囲んで遊んでいるのを隣の寝室から覗いているような、そんな子どもの頃を思い出す。

中でも好きだったのが「勝手に観光協会」というコーナー。パーソナリティ二人とスタッフが旅行をして、勝手に自作した旅先のテーマソングを旅館で録音し、放送内で披露するというもの。
その曲も面白かったのだけれど、二人のトークから垣間見える時間の蓄積を感じるのが好きだった。説明も親切でなければ、内輪ノリも甚しいエピソードたち。二人がただイチャイチャと旅の思い出を振り返っているのを見せられてるだけの時間。

いわゆる「観光地」みたいなところには行っていなかったと思う。その場で見つけたお店でどこにでもありそうなカツカレーを食べたり、お寺に行って、少し寂れた謎スポットに立ち寄って、ぶらぶらして、夜飲み倒して、そんな旅の切り抜き風景。洗練もされていなければ、華美に誂えた情報も無くかっんだけれど、それがすごく好きで、なぜか「この二人は信用できる」って思った。嘘もつかない、媚びない、脚色しない、自然な二人の眼差し。こういうものに惹かれるし、自分も発信してみたいと思った。

西郡マニアックス

そんな頃、タイミング良く担当する南アルプス市周辺の地域誌で取材コラムコーナーを持たせてもらうことになった。大いに勇んで名付けた企画名は「西郡マニアックス」。自身の地元でもある南アルプス市周辺地域の別称「西郡(県内西部の地域)」の「マニアックな情報」という立て付けで、厳かに取材執筆を始めた。もちろんみうらじゅんさんたちのラジオに感化されまくっていたわけで

「何故か白い煙が湧き出ている歩道の謎」
「河原に置かれた積み石の作り手を探る」
「昼間から角打ちで賑わう酒屋の実態」
「ぽつんと置かれている廃バスに出入りする人たち」

思い返せばどれもメチャクチャなテーマだったとは思う。でもめげずに、目を凝らすと身の回りにたくさんはびこっている「ちょっとした謎」を突き止めるべく、それまでの宣伝PRから180度方向転換をした取材記事を展開した。
そして、これがなんと一定数の読者さんから好評をいただくようになっていき、数年後には地元ケーブルテレビさんご協力の元、全10回ローカル番組として自身の地元のTVで放送されることになったのだ。まさかのびっくり展開だったけど、こういうテイストが好きな人っていっぱいいるんだと、その時確信したのを覚えている。

言ってしまえばこの「西郡マニアックス」という企画が、「Ind-ZIN(インドジン)」という媒体のベースになっていると思う。
めっちゃ恥ずかしいけれど番組のYoutubeはります・・・・。

マキタスポーツさんとインド人

Ind-ZINを始めた最近、自分の取材記事を読んでくれた方から「人が好きなんだね」なんて言ってもらうことがある。嬉しいけれど「そういうことなのかな」なんて疑問に思う。確かに人の背景や内面を取材して書き上げることは好きなんだけれど果たして・・。
そんなことを考えながらツイッターを見ていたら、先輩がTwitterでマキタスポーツさんの記事を上げていた。大層先輩も褒められていたので早速自分も読んでみることに。

第2回 「10分どん兵衛」の誕生 | 土俗のグルメ | マキタスポーツ | 連載 | 考える人 | 新潮社
書を捨て、メシを食おう――。有名店を食べ歩くのでもなく、かといってマニアックなジャンルを掘るだけでもなく、たとえ他人に「悪食」と言われようとも、あくまで自分の舌に正直に。大事なのは私が「うまい」と思うかどうか。情報や流行に背を向けて、己の「食道」を追究する――これ即ち、土俗のグルメである。自称「食にスケベ」な芸人が「美...

コメダの角席で声を出して笑った。立ち上がって拍手を送りたかったし、大きく手を広げて隣のボックス席にいるお姉さんと抱擁を交わしたかった。マキタスポーツさんのいう「哀しい能力」(ぜひ記事読んでみてください)の見事な解剖録。自信もすごく共感したし、腑に落ちるパンチラインがユーモラスにバシバシ書かれていて、興奮したしすっきりした。

自分も人の言うことをあまり理解できないことが多々ある。理解し難い、とか、自分が正しいと思ってる、とかって訳でない。あの人たちが言ってることもわからなくもないんだけど、自分の頭にぽっと出てきてしまうプラモデルの組み立て説明図みたいなものを一度実践してみないと気が済まないところがある。
効率や合理性、客観性を一歳持ち合わせないその設計図が一度頭の中に浮かんできてしまった自分は悉く強欲になり、推進力マックスでその藪の先へ突き進んでしまう。「アウトドア般若心経」「飛び出し坊や」「ゴムヘビ」「since」など、みうらじゅんさんのマイブームにかなり感化されていたけれど、もしかしたら「西郡マニアックス」もそんな私欲を満たすためだけにこしらえた自由研究レポートみたいなものだったのかもしれない。

話が散らかりすぎてしまったのだけれど、マキタスポーツさんのいう「哀しい能力」を持った人たち、「やってみないと気が済まない」人たちに妙にシンパシーを感じるし、そういう人の話が好きだ。それは書くのも読むのも見るのも聴くのも。「その人がどう見てるか」に勝る情報はないんじゃないかなと自分は思っている。
仮説に沿って証明に勤しむ人もいれば、調査段階の人もいるだろうし、偶然訪れる刹那的な「場面」に全集中している人もいる。もしかしたら自分と近い感覚をもっているかもしれない、そんな人たちの「やってみた」が好きでたまらない。いつからかずっと。

きっと、それらの人たちに共通している「フラット」な態度が好きなんだと思う。やってみる前から偏った見方をしないし、やってみた先で遭遇するものに、一切強情な眼差しはないように思う。出どころのわからない知恵には見向きもせず、自分を取り巻く半径10メートルぐらいの世界に目を凝らしている。結果的にそれまでの仮説がひっくり返ってしまっても、それらをすんなり受け入れて、知恵や学びにしていくしなやかな態度が大好きだ。

俺はそんな人たちのことを「インド人」と呼ぼうと思った。
自分もそうでありたいし、そんなインド人たちにたくさん会ってみたくなった。きっと周りにたくさんいるのだろうし、その人たちの話を聞いてみたい。

最近自身の媒体のことを考えていると、自然と自身のこれまでを振り返る時間が増えていることに気付く。地続きになっているんだなと思うし、改めてこれからやっていきたいことが見えてくる気がする。

writing

野呂瀬 亮(のろせ りょう)

Ind-ZIN(インドジン)」主催
「西郡文章」代表(勝手に言ってる

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