COLUMN

氷の星降る天文台/長野県南佐久郡 text by 太陽神ラー

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雨女の真骨頂

ほとんど長野との県境、八ヶ岳の小淵沢にある「バックカントリーバーガー(Back Country Burger)」は、この世で一番美味しいハンバーガー屋さんだと思う。

誰が何と言おうと私はそう思う。

例えばこのパイナップルが潜んだハワイアンバーガーは、人によっては身構えてしまうかもしれず、実際私はこの時まだ半信半疑だった。けれども酢豚の“あれ”とはまた違った、日本人が好きな甘じょっぱい味付けに果肉の爽やかさが残る、完璧な一品。

いわゆる肉々しさを前面に押し出したアメリカンなバーガーではなく、甲州牛の旨味がひき立つとろけるようなパティの贅沢さに、「~は飲みもの」という言葉をいつも思い浮かべている。オーナーがかつてホテルで食べた上品なハンバーガーに感銘を受けたことがきっかけだと以前うかがったことがあるけれど、そんな歴史につい思いを馳せてしまう。

まだ午前と午後の狭間といえる4月11日金曜日の今日は、せっかく有給を取ってここまで車を走らせてきたのだから、もう少し先を目指してみる。

同じ季節でも、毎日の温度は少しずつ違う。

県境を超え、長野県南佐久郡にある「国立天文台 野辺山宇宙電波観測所」に到着するとすっかり曇り空になっていた。

人工の電波が届かず、宇宙電波の観測に最適な環境のこの場所は、その標高の高さだけあり空がとても広かった。山々に囲まれていてもこれだけ上に来てしまえば何も遮るものはないし、平日の今日は見学者もほとんどおらず、清々とした空気に呼吸が整う。

文化情報交流館を見学し、野辺山グッズの物色を終えていよいよパラボラアンテナに向かおうと外に出ると雨がちらつき始めていた。

思えば曇天の空を見つめるパラボラアンテナたちは、似ても似つかないようだけれども夏に咲く向日葵のようだった。今が春だということを忘れてしまうほど寒々しい景色の中(実際にこの時、信じられないほど気温は下がっていた)だというのに。

私以外にも傘をさし、凍えながらも見学している女の子たちがいた。おそらく来週から公開される、国民的アニメの劇場版の聖地巡礼といったところだろう。

一番巨大なパラボラアンテナに近づく頃、雨は霰に変わっていた。辺りは地面に氷の粒が叩きつけられる音と、アンテナが動くごうんごうんという音だけが響く。

そんな光景と、巨大な動くアンテナをみていると「ハウルの動く城」のことを考えていた。好きが高じて小説も読んだけれども、この低く静かに鳴っている音を聞くとやっぱり映画を思い出す。主題歌は人生のメリーゴーランドといったっけ。ここにあるアンテナ達の中には、既に役目を終えたものもあるのだとか。

雷が鳴り始め、いよいよタイムリミットのようなので車に戻ることに。

もう膝から下はしっかりと濡れて、冷え切ってしまっている。

これまでの経験上、霰というものは急に降ってきたかと思うと一瞬で雨に変わっていることが往々にしてあったけれども、この野辺山ではひたすらに続いていた。

再び山梨県に戻り、予定していた温泉にずぶ濡れで到着すると、すでに雨は上がっているどころかまるで何事もなかったように晴れている。

「甲斐大泉温泉 パノラマの湯」に到着し、まずはコイン式のドライヤーで靴下とズボンの裾を乾かしてからようやく湯に浸かる。

誰もいない露天風呂は水の音だけが聞こえて、風が心地よい中で目を瞑っていると、天国ってこんな感じなのだろうかと思った。もしそうなら、足元に温かいお湯があると良いな。

お風呂から上がるころには、すっかり靴下とズボンは乾いてくれていた。

さっきのつかの間の冬山気分はどこへやら、体の芯はすっかりと満ち足りている。

帰り道にある、八ヶ岳の食材が揃うちょっと良いスーパーに寄ろう。今日はまだ金曜日。

ちなみにこの後とある名探偵に夢中になってしまうことを、まだ私は知らない。

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