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残響的薫香 Vol.8「no turn midnight 〜SUSHI食べない?〜」@春日鮨 FLOAT MAGAZINE

COLUMN

残響的薫香
-まるであの時の香りのような-
by FLOAT MAGAZINE

「そこに滲みついてる空気」ってある。
意図的でないし、自然にあるだなんて片づけたくない。
それらが五感を通り過ぎる時、僕たちは強く「思う」に悦ぶ。
味わい、聴き入り、そそられながら「思う」をくゆらす。
“言葉”から弾かれ漂っているそれらをつかまえてみたい。
酔いきってしまう手前まで。

文/野呂瀬 亮

あなたがいない夜は寂しい。

 一人暮らしの「自由」を持て余している俺の楽しみといえば、日々の体幹トレーニングと、板前さんのYoutubeチャンネルを観ながら安ビールを飲むことぐらい。もちろん仕事も楽しくやらせてもらっているけれど、やはり31歳にもなって公私ともにフリーランスともなると、それなりに不安と寂しさが付き纏うものなのだ。野呂瀬のココ、空いてますけど?

 筋トレで締まってきた下腹とは裏腹に、「俺は一体どこに向かっているんだ?」そんな ti’s like a 自問自答がコイルのようにぐるぐると不安を増幅させていく。パサパサのササミをしゃぶる21:45。体が震える、会いたい今夜

やっぱり…寿司食べたい

 すっかり春の霞がはれた初夏の夜、俺は勢いよく自転車に飛び乗り「あの夜」を想っていた。

もうすぐ22:00、もう俺は引き返さない。

ずっと真夜中の「銀ブラ」でいいのに

「ごめん今日休みなんだよ!でもせっかく来てくれたし1軒ぐらい飲みにいく!?(赤顔)」

 「春日鮨(かすがずし)」の暖簾を初めて潜ったのはつい先日の夜。たまたまお会いした山梨ワインバー「OASIS」オーナー小池さん(赤顔)からのお誘いがきっかけだった。4件ほどハシゴをキメた先輩の千鳥足を追って歩く甲府市中心街は銀座通り。キャッチのお兄さんやお姉さんたちを振り切って進むとその「回らないお寿司屋さん」は現れる。

 実は以前から気になっていたけどずっと尻込みしていたお店。渋い佇まいと曇りガラスを前に期待と緊張を飲み込んだのだった。

no turn sushi ホントウニヒサシブリデス

「いらっしゃいませ〜!この間はいっぱいですみませんでしたね!」

 イメージ通りの「大人の空間」からは想像のつかないマイルドな声が響く。大先輩との初飲みということもあり少しドキドキしていたが、優しく穏やかそうな大将を見てふっと身体の緊張が解けていくようだった。

「レモンサワーとお任せでおつまみをお願いします〜!(赤顔)」

 小池さんのご機嫌なオーダーに穏やかな笑顔で応えていたのは大将の堀内(ほりうち)さん。創業60年の歴史を持つ名店の三代目だ。

 春日鮨の夜営業はなんと2部制。20:30になるとお父さんである二代目の営業は一旦終了し、22:00になると翌3:00まで三代目が切り盛りする「夜の部」が始まるのだと言う。深夜にしか現れない“夜のお寿司屋さん”なんて、かっこいい…。というか、寿司屋でレモンサワー?

ザイルたちにも教えてあげたい大人のレモンサワー

「おつかれっす〜」

 ゴロゴロと刻みレモンが入ったグラスにレモンサワーを注いで乾杯。小池さんは本当にレモンサワーが好きだ。しかしこの瓶を初めて見たけれど、なんか大人っぽくてかっこよかったな(子供)。

 続けてノーターンテーブルには手際よくガリがのせられていく。回転寿司でないお寿司屋さんなんていつぶりだったろう。年季の入った趣あるカウンター席で、ずらっと新鮮な魚が並ぶケースとプロの職人技を眺める時間。もしかしてこれ、いい時間。

やばい、どうしよう、なんか泣きそう

「こちらおつまみのお造りです。」

 目の前のサラに並ぶ、天然マグロやコダイ、クルマエビ、ホタテ etc..。もうあのブリンブリンなお魚たちを思い出すだけで一杯飲めちゃいそう。まずは赤く美しいマグロを食べてみることに。…これが本当に美味しかった。滑らかな口当たりと、舌の上で溶けていく脂の甘味。あれはお酒がとまらない案件でした。

「一緒にお酒を飲むのも仕事ですから(笑)」

 笑顔でグラスを傾けながらも、一つひとつ素材の説明をしてくれる堀内さん。以前は築地や西麻布で修行を積まれていたそうで、その心地よいプロのトークと熟練の技についついお酒も進んでしまうのだった。やっぱ板場はステージ、お寿司屋さんってエンターテイナーなんだな。

お寿司屋さんはライブハウスなのかもしれない

 一枚一枚丁寧に食べるお刺身とレモンサワー。ちょっと肩を並べるにはアンバランスなコンビがかえって心をリラックスさせてくれた。敢えてお寿司を食べないのもなんだか乙なものだ。

「こちらはノドグロとアワビです。ぜひ味見してみてください。」

ずっと好きだったんだぜ、やっとここで会えたな

 終盤になって堀内さんから不意に放たれた強烈なパンチライン。ノドグロ?ここ最近動画をリピートし続けていたあのノドグロですか…?思わず訪れた運命的な出会いに心の中で歓喜の声が上がる。恋焦がれ続けたこの一口、いざ尋常に。

 (絶句)。ねっとりと舌にまとわりつく柔らかな食感、炙られた皮の香りと程よい塩味が引き立てる豊潤な脂の甘味。これがあのノドグロ…。美味すぎてもう言葉が出ませんでした。

美味しくて美味しくて震えてしまった(のでピントが・・)

 そしてまた度肝を抜かれたのが、堀内さん自ら煮つけたと言うアワビ。スッと滑らかな歯触りと、その中に残る程よい弾力、噛んでも噛んでも口の中に広がる醤油ベースの出汁とアワビの旨味…。もうレモンサワーではいられない!ここは満を持して日本酒をオーダーすることに。最高の肴とキリッと涼しげな冷酒、あれより最高な初夏の夜があんのかよ…。

夏の夜、クリアとっくりの結露たるや

「昔はもっとたくさんお寿司屋さんや居酒屋さんもあったけど、その多くが後継者不足や経営難でお店をたたんでしまったんです。やっぱり生まれ育った街に活気がなくなってしまうのは寂しい。いずれお店を継ぐ身として、少しでもこの夜の街を元気づけられればと思っているんです。」

 近隣の飲み屋さんからの注文も引き受けていると言う堀内さん。そう言えば先刻どこかのボーイさんが桶を返しに来てたっけ。もう少し時間が深くなると飲食店の経営者やお勤めを終えたお姉さんたちが集まり、あっという間に席が埋まってしまう日もあるのだとか。

カウンターのお魚たちを眺めているだけで最高なんだよなあ

 こういう憩いの場があるからこそ、みんな毎日前を向いて頑張れているんだ。甲府の夜を支える皆さん、本当に毎日お疲れ様です。

 お店の話、お子さんの話、健康診断の話。店内で応酬される他愛のない会話が、まるで今日1日のエンドロールのように心地よく響く。「常連さんの和やかな時間を守るのも大切な仕事」そう話す三代目の懐に抱かれる安らぎの夜が、心のささくれや寂しさを優しく癒し、頭の中の雑念を解き放ってくれるようだった。勝手に自分でハードルを上げていたけど、あんなに居心地の良いお寿司屋さんだったんだ。

そう、俺は「自由」だった。


…そんな自由になれた気がした31の夜。
それがどうしても忘れられないでいた。
あの安らぎをもう一度。

脇目も振らず自前のロードバイクを走らせた俺は、気が付くとまた「回らないお寿司屋さん」の前に立っていた。銀座通りはこの間より心なしか活気がある様子。今日は一体どんな夜が待っているのだろう。少し緊張しながら扉を開ける。

「いらっしゃいませ!この間はどうも。今日はどうされます?」
「こんばんは。お寿司も食べたいんですけど…やっぱり今夜も・・・」

やっぱり今夜も頼むものは一択なんです。
もう俺は引き返さない。
レモンサワーとお任せおつまみで、お願いします。

春日鮨(夜の部)

住所:山梨県甲府市中央1-13-9
TEL:055-233-5533
営業時間:22:00〜翌3:00(L.O.2:00)※予約受付は21:30〜
定休日:木曜日
※今回は「夜の部」と言うことで特別に取材を受けていただきました。ありがとうございました。

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