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残響的薫香 Vol.2「“にわか”なデイ・ドリッパー」@喫茶ジョージFLOAT MAGAZINE

EAT & DRINK

残響的薫香
-まるであの時の香りのような-
by FLOAT MAGAZINE

「そこに滲みついてる空気」ってある。意図的でないし、自然にあるだなんて片づけたくない。それらが五感を通り過ぎる時、僕たちは強く「思う」に悦ぶ味わい、聴き入り、そそられながら「思う」をくゆらす“言葉”から弾かれ漂っているそれらをつかまえてみたい酔いきってしまう手前まで

文/野呂瀬 亮

 自分はここに「コーヒーを飲みに来ている」のか分からなくなることがある。
何ならさっきコンビニでコーヒー買って飲んでしまったばかりなのに、何でまたこのカウンターに座るのだろう。ちょっとだけ緊張までして、何でこの「ジョージ」の扉に手をかけるのだろう。考えてみるも真相は“けぶの中”なのである。

 南アルプス市の旧白根地区、病院や薬局が並ぶテナントの一画にジョージはある。所謂「純喫茶」と認識しているけれど、正直「純喫茶」の明確な定義を自分はわかっていない。だからといって今ここでウェブの百科事典から説明引用云々などというつもりもない。だってジョージは「純喫茶」なんだから。

壁の絵画も洒落ている‥

 注文を受けてから豆を挽き、一杯一杯丁寧なネルドリップでおとされるコーヒー。仕入れる豆や水、温度やカップなど細かいところまで妥協をせずこだわり抜いているからこそ、オープンから31年経った今も多くのコーヒー通たちから愛され続けている名店なのである。また店内に流れるジャズもジョージの魅力の一つ。こだわりのスピーカーから聴こえる何時か何処かのジャズセッションを目当てにわざわざ遠方から訪れる愛好家も多い程。コーヒーもジャズも“にわか野郎”の自分には、少し緊張する学びの場でもあるのだ。

少しもったりまろやかな口当たりで、後味はすっきり

 マスター中込さんの口癖は「もう暇でやんなっちまうわ…」なんだけれど、あれよあれよという間にカウンターもテーブルもお客さんでいっぱいになってしまう日だってあるのを自分は知っている。ただ確かに、静かな日“も”ある…し、そんなジョージも好きだったりする。

 如何せんここのコーヒーが美味いのである。わざわざ足を運んで汲み上げてきているという井戸水の滑らかな口当たり、しっかりとコクと香りを感じながらもすっきりとした後味、あと熱すぎないのも良い、チンチンなコーヒーだと味が分からなくなってしまうから…。と、これらは他でもない、マスターの言っていたセリフを丸おぼえしたもの。自分は水の違いもコーヒーのコクや香りもわかるような繊細な味覚はきっと持ち合わせていない。でもマスターの話を聞いたら「確かに、言われてみれば」なんて“それらしい顔”で頷いてみたりしている。すると本当にそんな気がしてくるから不思議なのだ。

 マスターのコーヒーに関する言語化にはいつも脱帽する。様々な表現を駆使して、コーヒーが口に流し込まれてから喉を通り胃袋へと到達するまで、その“一口の航路”を丁寧に易しくアテンドしてのけてしまう。であるからここでコーヒーを飲む人は、口の中にある言葉にできない多幸感の所以を心地よく解決しながらその一杯を“トリップ”することができてしまうのだ。「おまけにコーヒーは身体に良くてね!」とまで話し出すマスター(笑)。“純喫茶”には長旅がつきものですから。

 こだわりはコーヒーだけに留まらない。「うちはいいものしか使っていないよ」と提供される料理にも多くのファンが太鼓判を押している。まず手際よく敷かれるランチョンマットに感動をおぼえつつ、おすすめしたいのが「ホットサンド」である。カリカリと香ばしいミミ付きのパンにかぶりつけば、ぎっしりと詰まったシャキシャキの具材とチーズに出会う。そしてそのチーズが伸びること伸びること。唇に張り付くあつあつのチーズを慌てて剝がしながら、その幸せに没入するまま食べ進めてしまう頃にはもうすっかり口の中のヤケドは諦めている。あともう一つぜひ食べてもらいたいのが「ナスミートのパスタ」。グルメページではないから割愛するけれど、“ここでしか食べられないもの”ってきっとこんなパスタのことを言うんだと思う。だってパスタで「ナスミート」って名前聞いたことある?

耳付きのホットサンドなんて贅沢

 コーヒーも料理もきっと「いいもの」使っているからこんなに美味しいのだと思う。でもやっぱり何かそれだけじゃない中毒性がある気もする。店内に流れるディープなジャズ、常連同士で交わされる和やかな政治談議、濃紺のランチョンマット、コーヒー豆の香り、あちらのお客様の口から漂う白いスモーク。そういったもの全てがこの一口に作用している。「ジョージの扉を開けたい」時って、きっとそんなジョージの息づかいを五感が欲しているように思う。

 ジョージでは個性豊かな“いつものアクト”が即興の群像劇を繰り広げている。徹マン明けで訪れる博学の老紳士や、派手な出で立ちで店員の男子をからかう貴婦人、etc..。その誰もが様々なバックステージを持っていながら、互いに深く干渉することはない。ただマスターの所作や相槌一つひとつを起点に、その場のグルーヴを崩さぬよう会話が展開されているのだ。「まだパチンコを手で弾いていた時は…」「まだ携帯が無い頃は喫茶店で待ち合わせして…」。そんな見たこともない香ばしいフレーズに耳を集中させ、窓越しに見える空想世界に潜っていく。そしてこのハコ一番の青二才である自分は背筋を正し、適当なタイミングで先輩方のセッションに“おかず”を添えるのだ。その何とも言えない緊張感と、微睡みがループする引力に身を委ねる快感。これが堪らなく病みつきになってしまっている。

 喫茶店って場所はコーヒーを提供するんでなくて“時間”を提供しているんだよ」とドリッパーに回し入れるお湯を見つめながら話していたマスター。ここで冒頭「けぶの中」にあった疑問符に一筋の光が見えるような気がする。きっと「コーヒーを飲みに来ている」のではなく「ジョージに来ている」という回答が、今の自分には一番しっくりくる。この純喫茶に足を踏み入れている間の“小旅行”を自分はどうしようもなく愛しい時間だと感じているから。

 外に出るとそこには日常があって「今までの時間は一体何だったんだろう…」なんていつも不思議な後味が残る。でも少しすればそんなこともすっきり忘れ、そしてまた少しするとコーヒーとジャズとあのジョージの“香り”に吸い寄せられていく。そんなことをこれからも繰り返していくんだろう。

 でもそんな“にわか野郎”の俺でも、最近少しは“味”ってものが分かってきたような気もする。気付くまでに随分かかったんだけれどね。

喫茶ジョージ
住所:山梨県南アルプス市在家塚67-1
TEL:055-284-6339
営業時間:11:00~19:00
定休日:水曜

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