「お久しぶりです〜」
いつもどんぐりみたいな丸い帽子をかぶっているアキさん。チャキチャキと仕事をこなしているのに、どうしてかゆったり動いているように見える、サバサバしてるのに、おっとりしているようにも感じる。個人的にはそんなアキさんの声色が好きだったりする。深キョンというよりは竹内結子路線。高すぎず低すぎず、落ち着いている中に少しだけボーイッシュな快活さを感じる声。
どうやらお元気そうでよかった。へこへこ頭を下げながら席に着く。
テーブルに置かれたシルバーのカトラリーを横目に、コーヒーを1杯だけオーダーする。少しクスッと笑ってカウンターに戻っていくアキさん。自分以外にお客さんはもう一人いて、静かに本を読みながら確か看板メニューのハンバーガーを食べていた。思えば自分は何度も来ているけれど、ほとんどハンバーガーを頼んだことが無い。とても美味しいのは知ってるのだけれど、如何せんここに来る時は何故かいつも満腹で、席についてから「そう言えば食べてきてしまった…」と毎度反省を繰り返している。いや、きっと反省はできていない。
アメリカン・カントリー調なBGMに合わせ、ポコポコと厳かなリズムを鳴らすカウンター。ホールには向こう岸の女性が頬張っているハンバーガーのジューシーな香りと、サイフォンコーヒーいい匂いが立ち込める。よく座らせてもらうお気に入りのソファー席はすでに3名で予約が入っているとのことで、あまり座らない斜向かいの席でキーボードを叩く。いつもと違う光景が少し新鮮で、今まで気付かなかった書籍やフィギュア、雑貨たちを発見。どれもなんとなく肩の力が抜けたキュートなセレクトで、カウンターから死角になっていることをいいことにニヤニヤと撫でつけてみたり。
そう言えば自分は幼い頃、何かお気に入りのものに出会うとすぐ口の中に放り込んでしまう癖があったのを思い出す。おかげで当時愛でていたブロックやおもちゃには、漏れなく自分の歯型がびっしりと刻まれている。両親もそれには大分手を焼いたのだそうで、今でも爪を噛んでしまう悪い癖を矯正できないでいる。
とりあえず今日はお腹が満たされていてよかった。
しばらくするとテーブルにはコーヒーと小さなチョコのお菓子が運ばれてくる。これはサービスなのかデフォルトの先付けなのか。あまり普段甘いものは食べないけれど、いつもおかわりまでくれるブラックコーヒーのお供には最適の相棒なのだ。
「ハラペコカフェ」ひとまずそれだけタイトルに打ち込み、今朝見た海外ドラマのことを書き始める。今までと少し違う書き方をしてみたかった。例えば今日自分がこのお店に来たことも、この席にたまたま通されたことも、久しぶりに会いたかったアキさんともそこまで言葉を交わさないことも、きっと何か一筋の流れみたいなものがあると思うから。「愛」について、そればかりが今朝から自分の頭の中を占めている。
「せめて今だけは、ニューヨーカーたちの『LOVE』に浸っていたかった。」ひとしきりドラマのことを書き終えた頃、先だって予約をしていた3人組がお店に入ってきた。時間は確か14:30近くだったと思う。平日の昼下がり、ママ友か産休中の幼なじみ同士でアフタヌーンティーでも楽しむのかしら。そう思ってチリンチリンと音を立てる入り口に目を向けると、そこには母親と娘さん2人の親子が立っていた。
お姉さんはおそらく中学3年生か高校1年生ぐらい、妹さんは小学5・6年生から中学1年生ぐらいだったかと思う。姉妹2人を席の奥へと通す母親は綺麗な方で、こんなに大きな娘さん2人がいるとは思えない程、若々しくすっとした出立ちをしていた。この時間に学生がいるのが不思議に思ったが、今ほどの時期であれば春休みか半日登校とかでも不思議はないなと思った。
少し頬に赤みを湛えた健康的な様子の姉妹。母親がメニューを渡すと目をまん丸とさせながら誌面の写真を食い入るように見つめている。それを横から見つめる母親の表情は優しく穏やかだった。ちょこんと指を挿しながら順番に注文を告げると、3人は賑やかにガールズトークを始める。
数年前に母親となった友人が、女児というのは想像よりもよっぽど早く「女」へと化けていくのだと言っていたのを思い出した。仕草や目配せ、言葉遣いなど、どこかで覚えてきたのか、知らぬ間に「女」の技を備え始めるのだとか。自身には姉と兄が1人づつなので身近に感じたことはなかったけれど、姉妹による父親の取り合いや、母親への嫉妬みたいな振る舞いを見て大層驚かされたという話をしていた。
なぜそれを思い出したかわからないけれど、お腹を空かした女の子3人が繰り広げる賑やかな応酬は、まさしく大人顔向けのものだった。話している内容は聞こえなかったけれど。
ぼーっとそれを眺めていると、キッチンからはまた再びいい匂いが立ち込め始める。きっと彼女らが注文したのはハンバーガー。また少し後悔しながらしっかりと甘いチョコ菓子を口の中で転がす。そう言えばこれまでお見かけしなかった女性のスタッフさんが1人、ホールとキッチンをくるくると行き来している。確かアキさんと他のお客さんとの会話で「妹さん」と言っていたか。キッチンの方は見えないけれど、時折そちらからも和やかな姉妹の会話が聞こえてくる。初めまして、お水のおかわりありがとうございます。
そうこうしているうちに賑やかなテーブルには料理が運ばれていく。相変わらずそうは見えないのにアキさんは仕事が早い。目の前に置かれるごはんにキラキラと目を輝かせる2人と、それを何とも言えない表情で見守る母親。今日は何か特別な日なのだろうか。わざわざ予約までした親子のちょっと贅沢な食卓が始まる。
よほどお腹が減っていたのだろうか。さっきまでの賑やかさとは一変、黙々とハンバーガーにかぶりつく妹。お姉さんは何を頼んだのかわからなかったけれど、背中をむくっと丸めてテーブルに頭を沈める。会話はあまりなく、チンチンとしたカトラリーの音と厳かな咀嚼音がお店の隅から聞こえてくる。母親はというと自分のご飯もそこそこに、むしゃむしゃとごはんを食べる娘2人の方ばかり気にしていた。時折「おいしい?」なんて言葉をかけるように眉を上げ下げしたり。
何故だかわからないけれど、自分はその姿に釘付けになってしまった。窓際の日の光に照らされならごはんを食べる3人。まるで木のたもとで母親の咥えてきたごはんを分け合っている、可愛らしい動物の親子みたいに。「食べる」という時間をともに分かち合っている彼女たちの姿が、ものすごく尊いものに見えた。
母の優しく暖かな眼差しを薄赤い頬に受ける姉妹は、なんて幸せなのだろうか。その有様を「愛」以外に何と言うのだろう、と。今朝方からずっと頭の中に引っかかっていた茶柱のように細い枝が、ポキっと折れるような心地がした。どれだけ色々と難しく考えようと、きっと「ごはん」には敵わない。「お腹がへった」ってなんて愛おしい欲求なのだろう。
気がつくと結局今日も最後の客となってしまった。先程の3人は、ごはんを食べ終わると満足げに家へと帰っていった。にこにこと親子並んで歩く姿が何とも可愛らしく、何だかすっかり気持ちが柔らかく晴れ晴れとしている。閉店ピッタリまでいるのは申し訳ないといつも思うのだけれど、今日もついつい長居してしまった。そろそろ締めの作業をしたそうにしているアキさん、自分も帰ることにしよう。優しいアキさん、帰れとは今まで一度も言われたことがない。
そう言えば今まで自分はアキさんのことを「幡野さん」って呼んでいたけど、昨年だったか、いつのまにかご結婚されていたのを知ってから、アキさんと呼ぶようにしている。少し照れくさい感じもする。旦那さんとはお店で何度かお会したことがあったけれど、なんとも穏やかで優しい素敵な方だった。
欲張りすぎた後はついついあちこち目移りしてしまう性分なのだけど、いつも「ちょうど」満たされるハラペコカフェが、自分は大好きだ。またすぐに来よう。今日もごちそうさまでした。
あらためて、ご結婚おめでとうございます。
いつも長居してすみません。
いつも優しくしてくれてありがとうございます。
今度はちゃんとお腹空かせてきます。
Photo by FLOATmagazine
HARAPEKO Cafe(ハラペコカフェ)
住所:山梨県甲斐市玉川254-2
TEL:055-298-6283
営業時間:11:00~16:30(L.O.16:00)
※ランチ11:00~14:30
定休日:月、その他不定休あり
Writing
野呂瀬 亮(のろせ りょう)
Ind-ZIN(インドジン)」主催
「西郡文章」代表(勝手に言ってる
コメント